2013年(平成25年)大河ドラマ「八重の桜」の舞台は福島県!! ~「八重の桜」キャンペーンをスタート~

はじめに

 東日本大震災以降、福島県を始めとした東北地方の観光産業は甚大な被害を受けています。
 このような中、2013年大河ドラマが、福島県を舞台として、学校法人同志社の創設者である新島襄の妻・新島八重(旧姓:山本)の生涯を描く「八重の桜」(主演:綾瀬はるかさん)に決定したことは、本県にとって、一日も早い観光復興へ向けた起爆剤になるものと期待しています。

新島八重の生涯

 八重(1845 ~ 1932年)を語る際、「戊辰戦争」、「新島襄の妻」、「篤志看護婦」などのキーワードで読み解かれます。砲術師範の家に生まれた八重は、幼少のころから男勝りだったようで、13歳のときには四斗俵を肩の上まで4回は上げ下げできたと後に語っています。また、兄・山本覚馬から砲術を学んでおり、後の白虎隊隊士に銃の扱いを教えたことはよく知られるエピソードです。戊辰戦争の戦火に包まれた鶴ヶ城籠城戦のときには、戦死した弟の着衣をまとって男装し、スペンサー銃を抱えて鶴ヶ城を死守する決意を見せました。彼女が「幕末のジャンヌ・ダルク」と称されたゆえんでしょう。

洋装姿の八重(写真提供:同志社大学)

 維新後、八重は京都府顧問となった覚馬を頼って上洛。そして、同志社の創立者・新島襄と出会い結婚しました。その頃の八重は、和服に時計や指輪をはめて靴を履き、帽子をかぶるという、当時としては突飛な格好をしていました。男女平等を望み、夫を「ジョー」と呼び捨てにする八重に対し、世間の評判は決して良いとは言えませんでした。しかし、襄は彼女の生き方や人間性を尊重し、「ハンサムウーマン」と称しました。彼女は、明治の進歩的な思想を持った女性だったのです。
 襄の死後、八重は日本赤十字社に入社。日清・日露戦争で篤志看護婦として従軍します。同時に看護婦の地位向上に努めるその姿は、「日本のナイチンゲール」とも称されます。八重は、激動の時代を生き、自らの人生を切り拓き、福島・会津の誇りを生涯守り続けた女性です。その生涯が描かれることは、東日本大震災からの復興に臨む我々に大きな力をもたらしてくれるでしょう。

大河ドラマ「八重の桜」キャンペーンについて

 福島県では、昨年10月、一刻も早い観光再生を図るため、「福島県観光復興キャンペーン委員会」を立ち上げ、知事を先頭に官民が連携しながら、総力を挙げて観光復興に取り組む体制を整えました。観光復興キャンペーンでは、大河ドラマ「八重の桜」キャンペーンを核と位置付け、大河ドラマの効果を広く波及させる取組を行っています。
 2013年の放映に向けて、2月18日には、放映1年前記念イベントを開催するとともに、新島八重のマスコットキャラクターを決定・発表しました。 

八重のマスコットキャラクター

 

今後、日本全国でPR活動を行います。応援してください!

今後は、より多くの人に八重を知っていただき、「八重の桜」を盛り上げていくため、企画展や研修会、子どもも楽しめるイベントなど、様々な活動を展開していきます。
 全国の皆様も、「八重の桜」を応援していただき、是非本県を始めとする東北地方にお越しください。

鶴ヶ城

新島八重が籠城し最後まで戦い抜いた鶴ヶ城は、平成23年3 月、幕末の姿「赤瓦」となってリニューアル。 

【お問合せ】
 福島県観光交流局観光交流課
 電話番号 024-521-7286