福井県の記紀ゆかり~越前がにと若狭ぐじ?~

 完成して1300年を迎える古事記と、2020年に1300年を迎える日本書紀。

 これらの記紀には、福井県ゆかりのものと考えられるものがいくつか著わされています。「継体天皇」、「氣比神宮」、「越前がに」、「若狭の塩」、「若狭ぐじ」の五つです。

 日本書紀によりますと、26代継体天皇は、即位までの50年余りを越の国で過ごしました。越の国における業績は、治水、笏谷石や産業の奨励など多くの伝説となって残っています。

 敦賀市にある「氣比神宮」は、古事記では「伊奢沙和気大神」、「氣比大神」、「御食津大神」、日本書紀では「去来紗別神」、「笥飯大神」と記載されており、記紀にそろって記述があることからも、その歴史の重厚さがうかがえます。

 そして、冬の味覚の王者である「越前がに」。この「越前がに」と思われる記述が古事記には存在しているのです。

「この蟹や何処の蟹百伝ふ角鹿の蟹横去らふ...」

 古事記に登場するこの歌は、15代応神天皇が美しい姫を見初めた喜びを表した歌です。角鹿、つまり敦賀の蟹と言えば、現在では「越前がに」。この記述が「越前がに」のルーツなのかもしれません。

 さて、日本書紀では、神功皇后が「渟田門」という海上で食事をした際、船から海にお酒を注いだところ、鯛が酔って浮かび上がり、大漁になっというエピソードが出てきます。この「渟田門」の場所は若狭湾の海上が有力で、酒に酔った鯛、つまり"赤い鯛"こそが「若狭ぐじ(アカアマダイ)」。現在では、京料理にも用いられるブランド食材なのです。

 記紀ゆかりの福井県。今後も、歴史的な魅力とロマンを広く紹介し、皆さんの御来県を呼びかけていきます。