「大嶺政寛展~情熱の赤瓦~沖縄の原風景を求めて」
赤瓦屋根を描く画家として知られる大嶺政寛は戦前・戦後を通して、沖縄の原風景を追究した画家でした。大嶺にとって赤瓦風景は時代を超えて沖縄の生活空間が息づく場所であり、心の故郷であったといえます。描かれた風景画は、写生のよう見えますが、大嶺により創りだされた心象世界でもあります。時代の変遷によって風景がめまぐるしく変わり続ける現在、大嶺の風景画は「沖縄」を捉えた原風景として輝きを放っています。
大嶺は第二中学校(現那覇高校)に入学後、美術クラブ「樹緑会」で比嘉景常の薫陶を受け、美術工芸に興味を抱き、美術の道を歩みます。卒業後は沖縄県師範学校を出て美術教師となり、絵を描きながら指導者として尽力しました。
太平洋戦争の真っ直中、大嶺は沖縄県立第一高女兼沖縄師範女子部に勤め、「ひめゆり部隊」の引率を予定していましたが、校長命令で待機させられます。代わりの同僚が戦死。教え子も亡くし悲しんだ大嶺は、戦後は画家として生きました。そして、戦禍による混乱期の中、沖縄文化の復興に奔走し、美術界を牽引した重鎮の一人となりました。
大嶺政寛の人物像と絵画の変遷を紹介する展覧会へ、是非お越し下さい。