鹿児島・岐阜姉妹県盟約40周年!
今を遡ること250有余年前、江戸時代中期の宝暦3年(1753)12月、徳川幕府は、美濃の国(現在の岐阜県)から300里(1,200km)も離れた薩摩藩に木曽川・長良川・揖斐川(木曽三川)の治水工事を命じました。
薩摩藩は、およそ1,000 人の薩摩藩士をこの地に派遣して、多数の犠牲者や膨大な予算を使うなど大きな犠牲を払いながらも、その難工事を完遂しました。大雨のたびに洪水に襲われ、長年水害に苦しんできた流域に住む人々は、洪水に苦しむことも少なくなったことを喜び、工事に従事した薩摩藩士を薩摩義士(薩摩様)と呼んで感謝したと言われており、現在でも岐阜県では、その偉大な業績と崇高な精神が連綿と語り継がれ、広く顕彰されているところです。
このような薩摩義士の偉業が機縁となり、鹿児島県と岐阜県は昭和46年、全国でも例のない県同士による姉妹県盟約を締結しました。
以来、教育、文化、スポーツなど様々な分野で交流を重ねてきており、双方の県・市町村や多くの民間交流団体が薩摩義士の顕彰式や慰霊祭に参加しているほか、スポーツ少年団や経済団体の交流、さらには県職員や教員の相互派遣など多方面にわたって活発な交流が展開されているところです。
この姉妹県盟約をきっかけに昭和47年に始まった「青少年ふれあい事業」では、両県の青少年が毎年相互にそれぞれの地を訪問し、両県の深い歴史的関わりあいを学び、友情や絆を深めながら交流をしています。 また、青少年交流の参加者が中心となって結成された事後活動団体「鹿児島県「美濃の会」」や「岐阜県さつまの会」も、自主的に活発な交流活動を続けているところです。
姉妹県盟約40周年という節目の年に当たる本年は、記念式典のほか、薩摩義士の偉業やこれまでの両県における様々な交流などについて紹介する「パネル展」も開催することとしており、今後の一層の交流の促進につなげていきたいと考えています。
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鹿児島県知事公室広報課
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